続・父のひとりごと
自閉症児りょうまの父が語る、福祉関連中心のちょっとだけ真面目な「ひとりごと」
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【第597号】つながったタスキ
多摩川リバーサイド駅伝。

昨年2月。
高校時代の友人が仕事中の事故で、突然去ってしまった。
皆の気持ちの中で、何かを残したい気持ちが芽生える。
そんなことから、同級生の有志で出場した地元の駅伝大会が日曜日にあった。

2か月前からの原因不明の脚の痛みで、ほとんど走ることが不可能になった自分。
1区10kmを走る予定だったのだが、急遽5区5kmに区間を変えてもらった。
直前の変更、メンバーには本当に申し訳ないと思う。

でも、その5kmでさえ、走ることが不安だった。
自分はアンカー。
何としても、タスキをゴールにつなげなくては。

1948.jpg
          【撮影 友人J】

4区のランナーを待つ。
遠くから見えてきた。がんばれ!
4区の彼は、半年前は走ったことさえない毎日。
でも、その後タバコをやめ、毎朝ひと月で150km走れるようになった。
そのメンバーからタスキを渡される。
1区~3区のメンバーも、それぞれに、様々なものを抱えていた。
足を捻挫しても、走り続けたメンバーもいた。
それぞれ想いは違えど、それぞれの気持ちがこもったタスキ。

そのタスキを受け取ると、思い切り走った。
脚の痛みを考えずに走った。
でも苦しかった。思い切り走る練習は、ほぼ2ヶ月していない。
1年前から今日までの日々が、走馬灯のように頭に浮かんでくる。
抜いた、とにかく抜いた。気がつくと何十人も抜いていた。
でも、一人も抜かれなかった。

ふと気づくと、ゴールに近づいていた。

1947.jpg
                   【撮影 友人J】

そして、ゴール。
脚の痛みが出ずに何とか5kmを走りきることができた。
きっと、去っていった友人が助けてくれたのだと思う。

僕らは皆40歳を過ぎたメンバー。
タイムは平凡だと思う。
でも、それぞれの想いは、もしかしたら他の出場者より深い方かもしれない。

今回、一緒に参加してくれたメンバー、応援に駆けつけてくれたメンバー、
そして、今はいない友人に心から感謝したい。

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